既に定まっている運命について
ゲイリー・R・レナード著
「神の使者」を読んでいたら、
アーユルヴェーダの薬学博士
ディーバックという名前が出てきました。
ディーバックという名前は、
ひょとして「アガスティアの葉」を書いた、
青山圭秀さんのことではないかと思いました。
青山さんの前世は、
ディーバックだったのでしょうか?
アガスティアの葉に書かれているように、
人の運命は、悉く定まっていて、
青山さんは
「では、どこに自由意志が許されている余地があるのか」
と疑問を提出されています。
「神の使者」という本の中にも、
現に今生きている物質界は、
プラトンのイデア論によると、
洞窟の壁に映された映像のようなもので、
その元になっている映写機のフィルムの部分は、
過去世での私たちの思いと行動によって
造られているのであるから、
今世でのおおよその運命は、
過去世に遡って修正しないかぎり、
変えることはできないことになります。
今の思いと行動が
未来の生涯の運命を
決めているということになります。
この説明によると、
映写機のフィルムにあたるリアリティとは、
一体何でしょうか?
それを認識して、
そこに到達するには、
どの様にすればいいのでしょう?
運命について
2011年11月19日 · コメント(0) · 未分類
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