TVニュースは連日、台風被害を蒙った地域の中には堤
防決壊で泥水が家屋の中に侵入し、家財道具が災害ゴミ
となっている様子を映している。併せて後片づけに難儀
しボランティアの支援を求めている地域の人々の窮状を
伝えている。地域によってはボランティアの人員が足り
ず、災害からの復旧が長期となり、苦難の生活を強いら
れている。
このような自然災害はたぶん根本原因は地球温暖化では
ないだろうか?そうでないとしても、災害被災者となら
なかった私たちは、被災者に寄り添う気持ちを持ちたい
。
私はボランティア活動の意義を秘教的観点から知識と
知っているが、それを実践することができない。かつて
、友人の一人が東日本大震災の時、東北地方の被災地に
出向いてボラティア活動をしてきた証しとしてか、“絆
”という文字をデザインしたTシャツを着て、私の前に
現れた。ちょっとだけうらやましい気がしました。
災害があることは悲しいことですが、それを機会に私
たちの絆が深まり、人々がお互いを“赤の他人”として
接するのでなく、秘教が示しているように“人類は一つ
”という気持がボランティア活動を通して自然に伝わっ
ていく感じがします。
ラクビーのW杯決勝で南アフリカチームがイングラン
ドチームに勝利したことの意味の中に私は秘教的意味を
見る。
人種間の違いを乗り越えて“一つ”になろうとした努
力がイングランドチームよりも、南アフリカチームの方
が強かったに違いない。そのチームを“一つ”とする努
力の勝ったチームが試合に勝つことの証しが確認できた
日本開催だった。
その意味で、“和合”の意義が今後は世界に広まって
いくような気がします。神のスポークスマンは災害を通
しても、スポーツの祭典を通しても”一つ“になること
の意義を私たち人類に伝えておられる。
ボランティア
2019年11月03日 · コメント(0) · 日記
タグ : ボランティア
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