東大寺の大仏を建立し、その開眼供養の儀式のとき、 インドから高僧を招いて、日本各地の神々を同席させて 儀式をおこなった。その儀式に若狭の神さまは出席しな かった。失念していたのである。そのお詫びとして、毎 年二月の何日かに、若狭の水をある神秘的方法で、奈良 まで送り届けるようになった。この経緯は若狭にあるあ る神社に立て札があり、その立て札に書かれてある。但 し、この神秘的伝承は、今日の科学的思考に慣れ親しむ 民衆に受け入れられないのか、いつのまにか立て札は取 り払われ、上で述べた神秘的話しを記憶に留めている人 を見つけるのは難しい。 私が伝えたいことは、若狭の霊水がどのようにして、 奈良まで地下水脈を通って送り届けられるか、その謎を 知りたいと考えた当時の福井の住人が、若狭の神社の井 戸に注がれた水が地表に出ている水路を流れるとき、一 緒に落ち葉を流したら、その落ち葉が二月堂のお水取り の井戸から出て来るのを見て、それ以来気が狂ってしま ったそうです。 自分のマインドのキャパシーを越える事実を目撃する と、大抵の人は恐怖に襲われます。この場合は、理解不 能の真理に直面して、動転したのかも。まことに、バル タサル・グラシアンの言う通り、真理を伝えるには、用意周到 でなければならない、と思ったことでした。
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