映画「ビオ司祭」について
今日もPCで、
再び映画「ビオ司祭」を見ました。
この映画のPart10では、
ビオ司祭を落としいれ、
教会から追放しようと画策する司祭に操られた
霊媒の紳士が
反対にビオ神父に一喝され、
森に逃げてそこで夜通し反省し、
ビオ神父のもとを再び訪れ、
彼に許され、正しい人に復帰する場面が描かれています。
そしてPart21では、ビオ神父を裁き批判していた神父から、
ビオ神父が許しの秘蹟を受ける場面が描かれています。
この映画の監督は、
カトリック教会の内情をよく知っている人です。
このような映画が作れるのは、
相当に高い段階のイニシエートではないでしょうか?
イニシエートのことがわかっているようなことを言ってすみません。
このブログを訪れる人たちにも、
この映画を是非見てほしいです。
googleで「ビオ司祭」という言葉で検索してください。
ビオ神父が「悪魔」と言っている
ブラック・ロッジの働きかけが
どのようなものであるかが、
理解できるからです。
霊的グループで、
組織を維持しようとする人は、
そのような働きかけに注意しなければなりません。
ビオ司祭について
2013年02月12日 · コメント(0) · 未分類
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