「霊的」の意味
今日は自由意志について
ブログを書くつもりでしたが、
忘れないうちに、
3月10日のビデオ講演会の状況を
書きたいと思います。
3月10日には長野県松本市で
シアター形式によるビデオ講演会が開催されました。
それに参加しました。
そこでとても重要な質問に出会いました。
ビデオ講演会に参加された方の中で、
講演内容が霊的であるという理由で、
これは宗教ではないかと思われました。
一つには、
オーム事件以来、
主の名前を聞くだけで、
たいていの人々は、
「宗教、マインド・コントロール」
のイメージを持たれてしまうようです。
これがBCが言うところの
「条件づけ」なのだと思います。
それらの条件づけを免れて、
マインドがオープンになっている方は、
非常に稀なことです。
又一つには、
「霊的」という言葉やその概念が
宗教の世界に限定されていると
私たちは条件づけられており、
政治や経済その他の分野では、
「霊的」である必要はなく、
特に経済の世界では、
弱肉強食の考え方、
自己が発展進歩するためには
他者を踏み石にすることは普通であるという風に
条件づけられていることが、
物質勢力の最大の成果であったとDK覚者が述べています。
主は特に政治・経済の分野における
アンバランスな状況を解消し、
正義と平等を取り戻し、
地上に平和が訪れるようにするために、
もどられるのであって、
宗教を創るために戻られるのではないと述べられています。
「霊的」という言葉の意味を
宗教に限らず、
もっと広い意味でとらえることができるようになりたいものです。
霊的の意味
2013年03月12日 · コメント(0) · 未分類
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