病院の待合室でTVを見ていました。
民放TVでは15分程番組の後、
提供元のCMが放映されます。
それを見ていて、
これまで考えたこともないことを感じました。
私たちは豊かなものに囲まれることを望み、
それが当然なことでした。
それに疑問を抱くこともなかった。
日頃、CMのないNHKTV番組を見ているせいか、
これを買ってください、
という民放のCMに私は違和感を感じました。
以前とは違うこの感覚は、
「金銭をひきつけるマントラム」の説明の所為かもしれません。
このマントラムを唱える前の、
考察すべき反省点に次のように書かれています。
いくつかの考察すべきことがらの中の一つに、
次の文章があります。
「・・・
a 現在、(金銭は)主として純粋に物質的な目的のために、
そして純粋に個人的な欲求の(個人に関する)
満足のために使われている凝縮したエネルギーとして。
・・・」
確かに私たちは、
金銭を自分の物質的欲望を満たすためだけに使ってきました。
霊的な使用法があるということに、
考えが及びませんでした。
金銭をひきつけるマントラムを唱える度に、
禅語の「吾唯足るを知る」という、
標語の重要さに目覚めたかもしれません。
Roland // 2017年03月28日 3:23 AM
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