IS講演会で或る来場者の質問に、
マイトレーヤが如来と呼ばれているのに、
同一の弥勒がなぜ菩薩(ぼさつ)と称されているか?
というような質問がありました。
いつかのビデオ講演会でも同じような質問がなされました。
ISの回答は、
仏教の或る宗派では菩薩を如来の上位としている、
というものでした。
ビデオ講演会では、
私は次のように答えました。
”菩薩(ボサツ)という呼称は、
ブラヴァツキー著「シークレット・ドクトリン」によれば、
サンスクリット語のボディサットーバの漢訳語です。
ボディサットーバとは、
如来になる前の人が、
俗界で人々に接しつつ、
奉仕活動をする段階の人と説明されています。
マイトレーヤは仏陀と同じく、
本体は光の存在で、
如来として主に霊界で働いていますが、
マヤビルーパを想念で創造し、
私たちの肉体と同様に見える体で、
私たちと同じ世界でも活動されています。
だから、○○菩薩という呼称は、
表示体のことで正しく伝えています”と。
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