テレパシーとは言えないかもしれないが、
直接言葉を聞かなくても、相手の思いや考えが分かる、
という経験は多くの人がしているに違いない。
顔色や仕草から思いや考えが何となく分かる、
というのもあるかもしれない。
敏感な人は、
鈍感な人には理解できない他者の思いを感知する。
これはテレパシーのハシリです。
愛情深い人の敏感さが、
テレパシーの基礎にあるということを主張したい。
テレパシーは、
メンタル的に優れている人に起こると、
私たちは考えがち。
理知的能力の優れた人で、
鈍感な感性しか持たない人がいるかもしれない。
感性の敏感さは、
生命本来の知恵に深く結びついている。
テレパシーが発達するためには、
アストラル体がまず成熟している。
そのためには、
”生気に誠実に”という
マイトレーヤの教えに従うべきかな。
テレパシーの能力が発達するには、
アストラル体とメンタル体の並行した発達が、
必要かもしれません。
キリスト教でよく耳にする、
三位一体の神の様相について。
旧約聖書の長い時代の間は、
聖霊の様相が最も重視されていました。
イエス覚者が説いた子の様相である愛の様相は、
新約聖書に示されています。
二千年が過ぎて、
マイトレーヤは父の様相である”意志”エネルギーの
重要性を説こうとしている。
神の三位一体の様相が完成される。
次回は、私たちが”宇宙の創造主”となりうる
意志力のことを論じます。
コメント (0)
コメントはまだありません。