タイトルの言葉は、
奉仕者グループがグループ活動を行う前に全員で唱える、
或るマントラムの中に含まれています。
あまりこのマントラムを唱える機会のない私の脳裏に、
特にこの言葉が蘇ってきたので、
その意味をしばらく考えてみました。
私たちは、自分が行うことを全体の関わりの中では、
どのような意義を持っているかを考えることはない。
奉仕の仕事をするには、
全体の仕事を俯瞰して見ることが必要ですが。
自分では、役立つ仕事と考えていても、
他の人から見たら邪魔しているだけかもしれません。
しかし、
たとえ役に立たないと思っている仕事であっても、
自分ができることに徹して、
仕事をすれば、神さまの目からは、
全人類の創造活動の一部であるに違いない。
私の主張したいことは、
どのような仕事であれ、
意識しようが、意識しまいが、
何らかの形で、
私たちは神の創造活動に参与している、
ということ。
魂意識での仕事は、
全体の仕事の中で、
前進に寄与する仕事であるかどうかが、
大切だと思いました。
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